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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)13281号 判決 1992年8月26日

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 河崎光成

同 小林政秀

被告 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 関根俊太郎

同 坂東規子

同 瀧澤秀俊

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三六五一万円及びこれに対するうち金一二九三万円については昭和六三年一〇月二二日から、うち金二三五八万円については平成四年二月二〇日から各支払ずみに至るまで、いずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、別紙ゴルフ会員権目録記載のゴルフ会員権の名義を、原告に移転せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告と被告の関係

原告と被告とは、昭和三六年一〇月二一日に婚姻届を了した夫婦であって、両者の間には長女夏子(昭和三七年一二月一六日生)、長男二郎(昭和四三年一二月二六日生)が生まれたが、被告は、昭和六〇年三月一〇日ころ、原告に無断で家を出て別居している。

(二)  債券の持ち出しによる損害

1 原告は、自己所有の別紙債券目録記載の債券番号(1) ないし(20)および欄外記載の債券類(ただし、(20)の債券は四〇〇万円である。)を自宅の鞄の中に入れ、管理していたが、被告は、別居の際、右鞄の鍵をこじあけて債券を持ち出し、処分するなどして、原告の右債券に対する所有権を侵害した。

2 被告の持ち出した債券の総額は、金二〇一六万円を下らない。

3 これにより、原告は同額の損害を被った。

(三)  保管金の持ち出しによる損害

1 原告は被告に対し、従前より随時現金を預け、その総額は二三二八万円を下らない。

2 被告は、右現金を独断で費消し、あるいは右別居に際し持ち出す等して、原告の右金銭に対する所有権を侵害し、これにより原告は同額の損害を被った。

(四)  慰謝料

原告は、右債券を被告の協力を得て設立した新会社の事業資金とする目的でいたところ、被告の独断による別居と右持ち出しにより新事業は中途で頓挫するに至り、これにより多大な精神的苦痛を被った。右精神的苦痛を慰謝するための金額は一〇〇〇万円を下らない。

(五)  ゴルフ会員権

1 原告は、別紙ゴルフ会員権目録記載のゴルフ会員権(以下単に「ゴルフ会員権」という。)を所有している。

2 しかるに、右会員権の所有名義は被告のものとなっている。

(六)  まとめ

よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償および慰謝料として金五三四四万円のうち金三六五一万円及びこれに対するうち金一二九三万円については本訴状送達の翌日である昭和六三年一〇月二二日から、うち金二三五八万円については平成四年二月二〇日から各支払済みに至るまで、いずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  請求原因(二)の事実のうち、被告が、別居の際債券目録記載(1) ないし(20)の債券を持ち出したことは認める。ただし、債券番号(20)は九三万二一九七円である。同目録欄外記載の債券を持ち出したことは否認する。被告が持ち出した債券は、大部分被告の父から被告、夏子、二郎が贈与されたもので、被告らの特有財産である。

(三)  請求原因(三)の事実中、被告が原告から相当の金銭を受領した事実は認め、その余は否認する。原告は、被告から家計費として金銭を受領したものであり、その趣旨にしたがって使用したものである。

(四)  請求原因(四)は争う。

(五)  請求原因(五)の事実のうち、ゴルフ会員権が被告名義となっていることは認め、その余は否認する。右ゴルフ会員権は、家計費を原資として、被告名義で取得したものであるから、被告の所有である。

第三証拠<省略>

理由

一  債券類について

1  請求原因(一)の事実および被告が別居の際別紙債券目録(1) ないし(20)の債券を持ち出した事実は当事者間に争いがない。

2  <書証番号略>、ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ、右各証拠中右認定に反する部分は信用できず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一)  まず、(20)の債券の金額および別紙債券目録欄外記載の債券の存否並びに持ち出した債券類の大半は被告の実父である乙川から贈与を受けた特有財産である旨の被告の主張について、判断する。

(1)  乙川陳述書の信用性について

乙川は<書証番号略>において、同人が被告の主張に沿う贈与をした旨、述べている。しかし、被告は当初、債券番号(11)、(19)について、その購入資金を乙川から贈与を受けた旨主張し、その証拠として乙川の陳述書(<書証番号略>)と野村証券発行の計算書(<書証番号略>)をあげていたが、<書証番号略>の野村証券発行の計算書からは、右の金銭の送金主は明らかとはならず、右債券番号(11)、(19)は、<書証番号略>伝票<11>、<15>により、原告の取引銀行である第一勧業銀行からの送金で購入されたことが明らかとなったところ、被告は、右各債券は家計費で購入したと主張を改めた。右事実によれば、被告が贈与を受けたというのは誤解であったと訂正した点について、乙川の陳述書も同じ誤りをしているので、被告が乙川を誘導して誤った陳述書を作成させた疑いが否定できない。したがって、乙川の陳述書の信用性には疑問があり、以下の認定に反する部分は採用できない。

(2)  債券番号(1) 、(2) 、(7) 、(9) について

<1> 被告は、昭和五五年七月二五日、乙川と日本興業銀行に同行し、(1) の債券を現金で購入したと主張し、乙川の陳述書(<書証番号略>)をあげるが、右証拠のみによって被告主張の贈与を認めることはできず、他に右贈与を認めるに足る的確な証拠はない。

<2> また、被告は、同年八月二三日、乙川より贈与を受けた二四〇万円で(2) 、(7) の債券を購入したと主張し、第一勧業銀行の出入記録(<書証番号略>)と前述の乙川の陳述書をあげるが、右出入記録からは送金主が誰かは明らかではなく、乙川の陳述書の信用性は乏しいので、右各証拠により、被告の主張を認めることはできず、他に右贈与を認めるに足る的確な証拠はない。

<3> さらに、被告は、同年一〇月一七日、乙川から三〇万円を贈与されたが、家計費に費消したので、後に家計費より三〇万円を捻出して、昭和五八年一月一七日、(9) の債券を購入したと主張し、乙川の陳述書及び第一勧業銀行の送金記録をあげている。しかし、<2>と同様の理由、および、右債券については、送金から債券購入までの期間が長く、送金との関連性が希薄であるから、乙川からの贈与で右債券の購入したとは認められない。

<4> 他方、原告は債券番号(2) 、(7) 、(9) の購入資金は、原告が乙川に預けておいた日立製作所の株式の売却代金であると主張しているが、原告自身の供述の外に的確な証拠がないので、原告の右主張も認められない。

<5> また、原告は、別紙債券目録欄外記載の三一万円の債券を持ち出したと主張するが、右事実を認めるに足る的確な証拠はない。

(3)  債券番号(18)について

被告は、昭和五六年八月一八日、乙川より一二七万八八四八円の送金を受け、これを原資として被告名義の国債一五〇万円分を購入したと主張する。そして、<書証番号略>の伝票<9>によれば、昭和五六年八月一八日に三井銀行津田沼支店より、野村証券の口座に一二七万八八四八円送金があった旨の記載があり、津田沼から送金したのは千葉在住の乙川であると推認され、原告から乙川に株式を預けた事実は認められないので、この債券は乙川から贈与された資金で購入したものと認められる。

(4)  債券番号(16)、(17)について

被告は、昭和五六年一一月一三日、乙川が一〇四万〇一一六円を野村証券新宿支店に持参し、二郎、夏子名義の国債を六〇万円分ずつ購入したと主張する。そして、<書証番号略>の三井信託銀行新橋支店発行の普通預金受払明細表によれば、同日乙川の長男の太郎名義の三井信託銀行新橋支店の口座から、金額も全く同一の一〇四万〇一一六円が引き出されているので、被告の主張事実が認められる。

(5)  債券番号(11)、(13)、(19)(一五〇万円のうち六〇万円)について

被告は、右各債券の購入資金は、昭和五七年三月一日、乙川が原被告、二郎、夏子各名義の野村証券の各口座にそれぞれ五八万一八四三円、総額二三二万七三七二円を送金して贈与した旨主張する。そして<書証番号略>九頁以降の伝票<2>、<5>、<10>、<14>によれば、昭和五七年三月一日に三井銀行船橋支店の乙川シンタロウ名義の口座から原被告、二郎、夏子各名義の野村証券の各口座にそれぞれ五八万一八四三円が送金され、<書証番号略>によれば、各人の名義で六〇万円の国債が購入されているので、被告の主張事実が認められる。

ところで、これら(11)、(13)、(15)、(16)、(17)、(19)の債券については、贈与税の非課税枠を考慮して、原被告、夏子、二郎の名義に分散して債券の購入がなされているが、いずれも実質的には、被告に対してなされたものと解すべきである。

(6)  債券番号(3) ないし(6) 及び(8) について

これらの債券は、(1) 、(2) 、(7) の債券を原資とした利息であると認められる。

(7)  債券番号(20)(中国ファンド)について

(20)の債券のうち九三万二一九七万円分を被告が持ち出したことは争いがないが、原告は、右債券は四〇〇万円であると主張する。

<書証番号略>によれば、被告主張の金額は、昭和六〇年二月二七日に二四六七円分が購入される前の金額であるから、被告が持ち出した際の金額は九三万四六六四円であると認められる。

原告は、<書証番号略>によれば、被告の右債券を記載した口座に昭和六〇年三月二二日、二〇七万円が入金されており、うち二〇四万円は<書証番号略>記載の、昭和六〇年三月八日、原告の口座から出金された二〇四万円であるから、右二〇四万円分も被告が持ち出した債券と同様に扱うべきであると主張する。

そして、右入出金の時期、金額、被告には格別の収入もなく、右入金は他の預金等を切り崩したものであると考えられることからすると、原告の主張のとおり二〇四万円が原告の口座から出金された金員である疑いは否定できない。しかし、<書証番号略>によれば、右二〇四万円は、原告名義の六〇万円と一四〇万円の債券を清算した代金であり、清算の結果別居当時の原告の債券口座の残高は〇となっており、清算された債券の額は別紙債券目録(12)、(13)の債券と一致すること、他方持ち出したとされる(10)、(11)、(14)ないし(19)の債券は全て同号証に記載されていることなどを考慮すると、(12)、(13)の債券を清算した金額が二〇四万円である疑いが強く、右債券を計上する以上、(20)の債券に右金額を加算するのは相当でない。

したがって、債券番号(20)の総額は、九三万四六六四円であると認めるのが相当である。

(8)  原告は、以上の債券のほか、別紙債券目録欄外記載の三一万円の債券を被告が持ち出したと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

(9)  結局、被告が別居に際し持ち出した債券は、別紙債券目録記載(1) ないし(20)であり、うち五一〇万円分は、乙川の贈与による被告の特有財産であると認められるから、被告が右特有財産に属する債券を持ち出したことはなんら違法ではない。

(二)  次に、被告の右特有財産以外の債券について判断する。

(1)  被告の右特有財産を除く債券は、原被告の婚姻中に、形成された財産であると認められるところ、被告は、婚姻中専業主婦として収入を得ておらず、一家の生活費等は専ら原告の収入に依存していたと認められるので、右債券類は、婚姻中の原告の収入を原資として購入されたものということができる。

ところで、民法七六二条一項によれば、婚姻中一方の名で得た財産はその特有財産であるとされているが、夫婦の一方が婚姻中に他方の協力の下に稼働して得た収入で取得した財産は、実質的には夫婦の共有財産であって、性質上特に一方のみが管理するような財産を除いては、婚姻継続中は夫婦共同で右財産を管理するのが通常であり、婚姻関係が破綻して離婚に至った場合には、その実質的共有関係を清算するためには、財産分与が予定されているなどの事実を考慮すると、婚姻関係が悪化して、夫婦の一方が別居決意して家を出る際、夫婦の実質的共有に属する財産の一部を持ち出したとしても、その持ち出した財産が将来の財産分与として考えられる対象、範囲を著しく逸脱するとか、他方を困惑させる等不当な目的をもって持ち出したなどの特段の事情がない限り違法性はなく、不法行為とならないものと解するのが相当である。

そして、被告は婚姻関係が悪化して離婚を決意して別居したものであり、被告が離婚及び財産分与を提起して訴訟中であって、被告が別居に際し持ち出した債券等が財産分与として考えられる対象、範囲を著しく逸脱するものでないことは、当裁判所に顕著な事実である。また、被告が不当な目的で債券を持ち出したことを認めるに足りる証拠はないから、被告がこれらの債券を持ち出したことに違法性はなく、不法行為は成立しないというべきである。

3  以上によれば、被告が債券を持ち出したことによる損害賠償請求は、いずれも理由がない。

二  ゴルフ会員権について

1  <書証番号略>を総合すると(ただし、右各証拠中以下の認定に反する部分は信用しない。)、本件ゴルフ会員権は、いずれも、原被告が婚姻中主として原告の収入により形成した実質的な夫婦の共有財産である預貯金等を資金として、嵐山の会員権については明示の、伊豆下田の会員権については、被告に許された財産管理として、原被告合意の上、被告名義で購入したものであると認められる。したがって、特に被告の名義は便宜上のものであり、原告の特有財産とする合意があったような場合を除いては、原告が一方的に被告に対し名義の変更を求めることはできないと解するのが相当である。

原告は、本件会員権は将来退職後に予定していた事業資金に当てる目的で購入したものであり、被告に対しても、その趣旨を説明し、被告が自由にプレーをすることができるように便宜被告名義とするが、将来原告が事業を始める際には原告に返還し、処分して事業資金に当てるとの了解が成立していたと主張する。

そして、前掲各証拠によれば、原告および被告は、これら会員権を取得する際、実際にプレーする目的の外、投資をも目的としていたことが認められる。また原告の供述中には、嵐山の会員権は当初から退職後の事業資金に当てる目的で買ったものである等原告の右主張に沿う部分があり、<書証番号略>によれば、昭和五九年七月ころ、原告は右会員権を新会社設立のための資金に当てる予定であったことが認められる。しかし、投資の目的があったこと、昭和五九年に原告が右会員権を事業資金に当てようとしていた事実があるからといって、右会員権を原告の特有財産とする合意があったといえないことは明らかであり、被告の供述ないし陳述書と対比すると、原告の供述等のみによって、当初から右各会員権の被告名義は便宜上のもので、原告の特有財産とする合意があった事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

なお、前記のとおり、原被告の夫婦関係は破綻し、離婚と財産分与を求める訴訟が係属しているのであるから、夫婦の実質的共有財産である右会員権の最終的な帰属は、財産分与の際に決すべきものである。

したがって、右会員権の名義書換請求も理由がない。

三  その余の金銭の請求について

1  原告の請求は、必ずしも明らかではないが、原告は被告に対し、次のとおり被告に対し金銭を交付したが、被告はこれを保留し、または乱費したので、所有権または不法行為に基づき、その返還ないし損害賠償を求めるというのである。

(1)  昭和五九年八月六日付で被告に送金した金二二八万円

(2)  その後に送金した金五〇〇万円

(3)  嵐山平日会員権売却代金四〇〇万円(昭和五六年四月売却)

(4)  一〇数回にわたり海外出張から帰った際に一回五〇万円ないし一〇〇万円ずつ手渡した金一二〇〇万円

そして、被告が(1) の二二八万円、(2) のうちの三〇〇万円、(3) の四〇〇万円を受領したことは被告の自認するところであり、また、(4) については、金額回数等は確定できないが、昭和五五年ころ以降、原告が出張から帰った際、度々数十万円から百万円程度の金銭を受領したことは被告の自認するところである。(2) のうち二〇〇万円については、<書証番号略>等原告の供述中には、右主張に沿う部分があるが、これを裏付ける的確な証拠はない。

2  ところで、婚姻継続中、夫から妻に交付される金銭は、特定の目的を指定して交付されたものでない限り、妻において生活費に当てたり、従前の夫婦の慣行にしたがって預貯金、債券の購入等適宜運用するなどして管理費消することが許される性質のものであるから、少なくとも、現に(または別居時点に)妻が手元に保留している場合とか、特定の目的を指定して交付したのに、妻がその趣旨に反して不当に費消したなど、妻に違法な行為があるといえる場合でなければ、多少の浪費、使途不明金があったとしても、当然に、返還義務が生じたり、費消したことによる損害賠償義務が生じるものでないことは明らかである。

原告は、右各金銭を交付した目的についは、特に主張してはいないが、<書証番号略>と弁論の全趣旨によれば、(1) ないし(3) の金銭は、一部は電気製品の購入等家計に当てる目的であり、その余は特に目的は指定せずに交付したものであり、(4) の金銭は、主として家計に当てる目的で交付したものである。そして、被告は、右金銭の相当部分を家計に当て、その余も大部分を従前の慣行にしたがって債券の購入等に当てたことが窺われ、被告が別居時まで右金銭を手元に留保していた事実、または被告が右金銭を違法に使用して原告に損害を与えた事実を認めるに足る証拠はない。

したがって、この点に関する原告の請求も理由がない。

四  結語

よって、原告の本件各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小田原満知子)

別紙 ゴルフ会員権目録

一 経営会社 株式会社嵐山カントリー倶楽部

所在地 埼玉県比企郡嵐山町鎌形一一四六番地

ゴルフ場の名称 嵐山カントリークラブ

会員番号 C二八一

二 経営会社 株式会社横浜国際ゴルフ倶楽部

所在地 静岡県加茂郡南伊豆町入間二三八三番地一

ゴルフ場の名称 伊豆下田カントリークラブ

会員番号 YA-〇九四

別紙 債券目録<省略>

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